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創業者の歩み

逆境の少年時代

西本誠一郎さんは、高知県の山村で10人兄弟の四男として生まれた。正直者と言われ人望の厚かった父親が、天然痘という恐ろしい伝染病で亡くなったのは、小学3年生のときだった。母親は食べ盛りの子どもを養うため朝はやくから夜遅くまで働いた。明るく優しかった母は次第に険しい表情に変わっていった。ゆっくり子どもたちと話をする暇などなかった。笑い声にあふれていた暖かい家族団らんの日々が恋しかった。彼は次第に暗い性格になっていった。


中学を卒業した西本さんは大阪に出て働くことにした。最初の仕事は、酒屋の丁稚奉公だった。一日十二時間労働で、休みは月に二日だけという厳しい仕事は、半月も続かなかった。店員や営業マン工員と、職を転々と渡り歩いた。挨拶もろくにできない暗い性格に、仕事仲間も背を向けた。


劣等感に悩みすっかり自信を失った西本さんは、仕事をさぼりパチンコや映画館に足を運び、酒を飲んでは街をさまよい歩く無為な日々を送っていた。やりきれない孤独と焦りは、いつしか行き場のない怒りへと変わっていき、ついにはタクシー強盗を思い立つまでに追い込まれていた。街に出てナイフを買い求め、通りすがりのタクシーを止めた。


駄目だった。震える足で、下宿へと逃げ帰った。「死にたい」という想いが、頭を離れず、強度のノイローゼ状態になっていた西本さんはいったん故郷に舞戻った。1年後、再び大阪に出た。

株式会社シェルター、西本社長の逆境の少年時代

人生を変えた一冊の本

そんなある日、ふと立ち寄った書店で手にとった「信念の魔術」という本に書かれてあった言葉に心を奪われた。「強い信仰の電波に感化された人は信じられないほど奇跡的なことを成し遂げる」頭の中で何かが閃いた。「よし、自分も信仰を持とう!」と決心した西本さんの脳裏に繁華街でよく見かけたキリスト教の屋外伝道をしている若者たちの姿が思い浮かんだ。西本さんは迷わずに教会の門を叩いた。

聖書に記されている神の御言葉は、疲れ果てた西本さんを優しく労ってくれた。いつしか、その真理を理解するようになった時、「自分のような価値のない者の身代わりとして十字架につき、真実の愛を現してくださったイエスキリストに生涯を任せて生きよう」と決心し、信仰を持った。喜びで心がいっぱいになった。そんな西本さんの信仰の姿勢を見ていたひとりの女性がいた。ふたりは、神の導きと祝福のなか結婚し、共に歩いてきた。幼い日々憧れていた暖かい家庭と、3人の息子に恵まれた。


25歳で独立した囲碁・将棋盤の会社も創業10年、西本さんの祈りとたゆみない努力の結果、業界トップへと育った。聖書の予言から終末時代の戦争に備えて、いち早くシェルターを扱う「株式会社シェルター」を創設した。西本さんは「自分の事業を通じて、人々に励ましを与えることができれば」と、招かれる講演に出かけていく。
 

株式会社シェルター、西本社長の人生を変えた1冊の本

工事に講演に、日本中を駆け巡る異色社長

新聞、雑誌、テレビで話題を集め、工事に講演に日本中を駆け巡る異色社長。かつて、陰気で無口なため、偏屈者呼ばわりされていた青年が苦難の末、裸一貫で、囲碁将棋盤の製造販売の会社をつくった。


10年後、会社は業界トップの成績をあげるまでに成長した。しかし、ここに至るまでの道のりは決して平たんなものではなかった。挫折と失意の中から甦った魂の軌道を、赤裸々に語る西本社長の講演は、好評を博し、企業や経済団体、学校事務所など多方向から講演の依頼が寄せられている。

株式会社シェルター、西本社長の書籍「聖書と旅した商人」
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